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議会報告 川崎市政

行政の借金と個人の借金は違う2017/10/15    

本日もまた「健全財政論」をバッサリと切ります。

さて、衆議院総選挙に埋没して、今一つ盛り上がりに欠けている川崎市長選挙。

衆議員総選挙の争点の一つが消費税再増税の可否に代表される財政問題であるならば、川崎市長選挙もまた財政問題が一つのテーマであると思います。

少なくとも候補者の一人が、現今市政の財政収支バランスに言及し、財政の健全化に取り組むことの必要性を主張しています。

要するにこの候補者は「単年度の収支をバランスさせろ!」「そのためには財政支出を減らせ!」「将来世代にツケを残す市債発行は抑制せよ!」「そうしないと川崎市は破綻する!」と言うのです。

いわゆる健全財政論(=財政均衡主義)です。

この候補者は、何をもって「破綻」と為すのか言葉の定義をしていませんが、一般的に破綻というのは「債務不履行」を指します。

川崎市が発行市債の元利金を償還するにあたり滞りが生じたとき「川崎市は財政破綻した」と言っていいでしょう。

とはいえ、去る6月27日に行われた市議会での私の質問に対し、財政局長は次のように明確に答弁されています。

「現状では、いわゆる財政健全化法に基づく早期健全化団体になることや、市債の償還に支障が生じることはないと考えております」(川崎市財政局長)

そりゃぁ、そうでしょうね。

むしろ川崎市は、下のグラフのとおり、単年度での黒字を出し過ぎており、そのことが民間部門の資金を吸収してしまうことで市内経済のデフレ化(市民経済の貧困化)を助長しています。

資金循環上、行政部門の黒字は民間部門の赤字となりますので、行政による黒字が民間資金を吸収し貨幣価値の上昇(物価下落)圧力をかけてしまうわけです。

なので前述の市長候補者が財政収支のバランスに言及するのであれば、川崎市の「黒字の出し過ぎ」を問題視すべきです。

即ち、今の川崎市に求められているのは「支出の削減」ではなく「支出の拡大」なのです。

よって、当該候補者の言う「このままでは川崎市は破綻するぅ~」論が、いかに荒唐無稽なものであるのかを窺い知ることができます。

国家財政に対するマスコミの報道や、消費税再増税の必要性を執拗に説く各政党の財政観にしても同様です。

なぜ、このような荒唐無稽な邪論が世間一般にまかり通ってしまうのでしょうか。

その理由は、社会通念としての財政均衡主義に「“予算制約式”に従って財政を運営すべきだ」という根本思想があるからです。

予算制約式とは、「個人は一生に稼ぐ所得以上の支出はできない」という原則のことです。

個人は将来にわたって得られる所得以上の支出はできない、という制約になりますので、同時に「将来にわたって得られる所得(=支出)以上の借金もできませんよ」ということになります。

簡単に言えば、「一人の人間が生涯で借金できる金額には制約がありますよ」という意です。

但し、この予算制約式が当てはまるのは、命に限りがある個人だけです。

企業や行政には当てはまりません。

なぜなら、企業や行政には永続性があるからです。

特に行政は永続性の強い組織なので予算制約式はまるで当てはまりません。

愚かにも、この予算制約式を無理やりに政府や行政に当てはめているのが「財政均衡主義」なのです。

財政均衡主義者たちがプライマリー・バランス(基礎的財政収支)を重視するのはそのためです。

つまり、政府や行政は絶対に税収以上の支出をしてはならない…と言うわけです。

なので彼ら彼女らは、借金(起債)を殊更に敵視します。

まるで何かの病気に取りつかれたように「ひぇ~、シャッキンがぁ~」と理論ではなくイメージ先行で騒ぎ立てるわけです。

この種の人たちは「借金(起債)は将来世代へのツケだ」と平然と言ってのけますが、話しは全く異なります。

多くの方々が誤解をされていますが、市債の発行は将来世代の負担などではありません。

これこそ、個人の家計と政府の財政を同一視した考え方で、債務の返済方法が個人と政府とではまるで違うことを完全に無視しています。

個人と違って政府や行政は永続する存在であり、その特性を生かした返済方法があります。

例えば政府による国債の償還方法は次の三つがあります。
① 増税による償還
② 借り換えによる償還
③ 日銀引き受けによる償還
(※日銀引き受けと日銀による国債買い切りは同じことを指します)

実際、この三つの方法で償還が行われています。

財政均衡主義者は、増税による償還しか想定していないため「国債発行は将来の増税を意味するからダメ」という思考に陥ります。

しかし、②の「借り換え」、および③の「日銀引き受け」という手段を使えば将来世代に負担はありません。

何よりも、起債によって公共インフラという新たな固定資産が構築されていますので、将来世代もまたそのインフラによる恩恵を享受するわけです。

とりわけ、インフレ率が一定の水準で抑制されているかぎり、日銀がどんなに国債を買い切っても国民経済には何ら支障を来さず、粛々と国債を借り換えることができます。(子会社である日銀が親会社である政府の負債を買い取ったらグループ決算で相殺される)

通貨発行権のある政府のようにはいきませんが、川崎市のような地方行政もまた永続する機関として予算制約式が当てはまりませんので、市債発行および市債償還の多くを借り換えによって賄っています。

ここが家計簿と違うところです。

また地方行政には通貨発行権がないものの、伝家の宝刀として「徴税権」があります。

投資であれ、消費であれ、行政による市内向けの支出拡大は必ず市内GDP(名目)となって税収の原資を拡大します。

税収 = 名目GDP × 税率

なにせ行政による市債発行は、金融経済にストックされている(銀行に眠っている)カネを行政が借りて所得化することになるのです。

いつも言うように、行政の仕事は黒字を増やすことではありません。

国民の所得を増やすことです。

どんなに単年度の収支を均衡もしくは黒字化させたところで、国民の所得が増えることなく、あまつさえ行政サービスが縮小してしまっては何の意味もないのです。

国政においても、地方行政においても、詰まるところ為政者たちの財政観の是正が求められています。