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議会報告 川崎市政

薄らネオリベが跋扈する日本2017/08/16    

7月下旬、日本政府は冷凍牛肉を対象にしたセーフガード(緊急輸入制限)の発動を発表しました。

セーフガードとは、特定品目の急激な輸入量が国内産業に重大な損害を与えていることが認められ、なおかつ国民経済上緊急の必要性が認められる場合に、損害を回避するための関税の賦課、または輸入数量の制限を行うものです。

今回は、冷凍牛肉の輸入量が規定量を超過したため、豪州産を除く対象牛肉にかかる関税を引き上げます。

我が国が輸入する牛肉の約9割が米国産と豪州産なのですが、今回のセーフガードの発動によって米国産冷凍牛肉のほとんどが値上げの影響を受けるようです。

既に8月1日から関税の引き上げがはじまっていますが、これにより例えば牛丼店など、冷凍牛肉を多く使用する飲食店に「食材コスト高騰」などの影響が出るのは必至です。

しかし現在の日本はデフレです。

よって、食材コストの高騰をそのまま商品価格に反映させることはできないので、結局その皺寄せは人件費削減に向かうことになるのでしょう。

人件費を削減された従業員は、さらに所得(実質賃金)が減ることになりますので、このことがまたデフレ圧力になります。

といって、セーフガードを発動しなければ国内の畜産農家を守ることができません。

そもそも日本で流通する牛肉の6割(豪州産53%、米国産39%)が海外からの輸入で占められていること自体が問題であり、できれば国内市場の半分以上を国産牛肉が占めるように政府が国内の畜産農家を保護・育成してくるべきだったと思います。

なぜなら、戦争もしくは世界的な天候不順などで輸入食料が確保できなくなった場合、一定量の国内供給量が維持されていなければ国民は飢え死にすることになりますので。

因みに米国は、国内農家を守るために、1995年のWTO協定締結以前からある保護政策を未だに温存させています。

相変わらずズルい国ですが、食料は安全保障そのものなのですから主権国家・米国としては当然のことでもあります。

「これからはグローバル化の時代だぁ~」などと今の川崎市長みたいなことを言って、国内産業を保護しないままに規制緩和だの自由貿易だのとやってきたおめでたい先進国は日本ぐらいのものです。

川崎市長のような首長のみならず、我が国では地方議員から国会議員に至るまで、この種の「新自由主義(ネオリベラリズム)」に洗脳された議員が大勢います。

新自由主義者(ネオリベ)は、とにかく「自由な競争市場こそが資源配分を効率化させ経済厚生を最大化するのだ」と妄信しています。

よって、政府や地方行政による市場への介入をできるだけ排除し、経済活動の自由をできうる限り許容すべきだ、という考え方を根本にしています。

その考え方に忠実に従おうとすると、「小さな政府」「均衡財政(緊縮財政)」「自由化」「民営化」「規制緩和」「自由貿易」「グローバル化」は、ことごとく常に善であるという政策体系になります。

これらを究極までに追求する政策が、いわゆる「構造改革」です。

構造改革は基本的にインフレ対策なので、これを推し進めて行くと経済は必ずデフレ化します。

何よりも、この種の構造改革は国民生活にかかわる各種の安全保障を毀損していくことになります。

なぜなら国民が安心して生活するための秩序やルールやシステムは、主として国家が担っているからです。

その国家の役割を否定し、小さくしていくのが構造改革なのですから、当然の帰結として国民のための安全保障が破壊されていくわけです。

一方、構造改革が進めば必ず供給能力が拡大します。

とはいえ、今の日本のようにデフレ(需要不足)経済のなかで供給能力が拡大してしまうと、余計にデフレ化して物価と賃金が相乗的に下落していくことになります。

そうした中、どんなに物価と賃金が下がっても儲けることのできる人たちがいます。

それは主として大資本の株主と経営者です。

彼らが「法人税減税」や「消費税増税」を求めるのも頷ける話で、法人税が減税されれば株主配当や自社株買いを拡大することが可能です。

また消費税が増税されても、消費性向(所得に占める消費の割合)の低い高額所得者層には痛くも痒くもありません。

むしろ消費税の増税によってデフレ化が進めば、それがまた彼らにとってビジネスチャンスになります。

マイルドなインフレ期であれば小資本にもビジネスチャンスがありますが、デフレになればなるほどに中小零細企業には厳しい経営環境が続きます。

例えば大型店舗法の廃止、雇用規制の緩和、関税の撤廃、資本移動の自由化などなど、規制緩和のほとんどがデフレ化政策であり大資本を有利にするものです。

詰まるところ、構造改革が進めば進むほど所得格差は拡大し、ジョセフ・スティグリッツ教授の言う「1  vs 99」という世界になります。

即ち、中間所得層が破壊される世界です。

社会の中間層が破壊されると、文化や伝統や言語といった国家や国民固有の価値観もまた破壊されていくことになります。

我が日本のような一国家一文明の国では、それが顕著です。

加えて、多文化共生(固有の文化の否定)だの、グローバル化(伝統や安全保障の否定)だの、英語教育の強化(母国語の否定)だのと、これらの妄言を、保守を自任する政治家らが平然と口にするこのごろの日本です。

また、議員をしていて思うのですが、おそらく日本では「自分は新自由主義者だ」という確固たる意識をもって「均衡財政(緊縮財政)」や「小さな政府」や「構造改革」を主張している議員や政治家などはおそらくごく一部でしょう。

そのほとんどは、なーんとなく「財政は均衡しているほうがいいよねっ」とか、なーんとなく「行政は小さく効率的なほうがいいよねっ」程度の発想しかもっていない、いわば“薄らネオリベ”なのだと思われます。