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議会報告 政治・経済

絶対に忘れまい昭和16年の「八朔」2017/08/01    

今日は、8月1日です。

ご承知のように、我が国では1日(ついたち)のことを「朔日」(さくじつ)と言い、8月の朔日を略して「八朔」(はっさく)などと言ったりします。

例えば、天正18(1590)年の八朔は、徳川家康が小田原から江戸に入府した日ですが、それにちなんで江戸時代の八朔は元日と同じ重要な式目とされていたほどです。

また、農村では早稲(わせ)の新穀をとり入れる「田の実の祝」(たのむのいわい)の日でもあって、お互いに祝儀の品を贈りあって稲の実りを祝ったり、あるいは武家の世界においても、家臣が主君に太刀や馬などを献上し主人から返礼を受けつつ君臣の誓いを新たにする儀式が行われたりもしていました。

旧暦、新暦の違いはあれども、我が国では一般的におめでたい日とされてきたのが八朔です。

さて、そんな8月1日(八朔)でも、私にとって歴史上、絶対に忘れることのできないのが昭和16(1941)年の八朔です。

そうです、昭和16(1941)年の今日は、米国が対日石油全面禁輸を発動した日です。

その6日前の7月26日には、米、英、蘭は、対日資産凍結という処置をとっています。

更には、その2年前の昭和14(1939)年の7月26日、米国は日米通商航海条約の破棄を突如一方的に通告してきました。

と同時に、これ以降の米国は、まるで日本を包囲するかようにハワイ、グアム、フィリピン等で飛行場などの軍事施設を頑強に整備し兵力を増強していき、のちに大艦隊を太平洋に集中させるに至りました。

このように明らかに米国は、軍事的にも経済的にも我が国を追い込んでいったのです。

何のために?

むろん、日本に最初の一発を撃たせるかたちで日米戦争を仕掛けるために、です。

当時のフランクリン・ルーズベルト米国大統領は「戦争しないこと」を公約に当選した大統領でした。

なのでどうしも最初の一発を日本側に撃たせる必要があったのです。

陰に陽に言いがかりをつけ、真綿で締め上げるようにして日本を経済的にも軍事的にも締め上げていったのはそのためです。

どうして日本に戦争を吹っかけてきたのか?

その理由は概ね次の3つ…
理由1= 戦争需要で米国経済を立て直したかったから
理由2= 日本を叩き潰してアジアにもつ日本の権益を奪いたかったから
理由3= 有色人種国が欧米列強と対等な近代国家を運営していたから
…です。(三宅隆介解釈)

因みに、当時の我が国の石油の輸入先別比率をみますと、下のグラフのとおりです。

8月1日に米国が対日石油禁輸を発動する以前に、既にオランダもいわゆるABCD包囲陣によって対日禁輸を発動していましたので、我が国は9割以上の輸入先が閉ざされてしまったのです。(蘭印=オランダ領インドネシア)

当時の日本の米国に対する経済依存度は高く、特に輸入は石油のみならず屑鉄や機械などの大部分を米国に依存していました。

その米国に、通商条約を破棄され、近代国家を運営するために必要なすべての物資を止められてしまったのです。

米国のみならず、米国に同盟する英・蘭及びその植民地からの輸入をも閉ざされました。

のちにマッカーサーが米国議会の軍事外交合同委員会で証言したように、これらの供給が絶たれたら「日本国内は1000万から1200万人の日本人が失業していた」わけです。

であるからこそマッカーサーは、「したがって、彼らが(日本が)戦争に突き進んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだった」と言い切ったのです。

国家が国家として成立(自立)するためには、国防、治安、防災、食料安保、医療介護サービス、子育て・教育、安価で安定したエネルギー供給など、これら国民が求めるニーズ(需要)を、できうるかぎり自前のリソースで供給できる体制を整えなければなりません。

こうした国民生活にとって虎の子とも言うべき我が国自前のリソースを、「プライマリー・バランスがぁ~」だの「国の借金がぁ~」だのと言って、いつまでもデフレを放置することによって破壊し続けているのが、現在の日本なのです。