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議会報告 政治・経済

所得で暮らす国民 vs 投資収益で暮らすグローバリスト2017/07/09    

グローバリズムとは、カネ、モノ、ヒトの国境を越えた移動を最大化することです。

その最大の受益者はグローバル投資家及びグローバル企業なので、即ちグローバリズムは株主資本主義を追及するシステムといっていい。

詰まるところグローバリズムは国境(国家)の否定ですので、国境によって守られてきた国民経済や安全保障(ナショナリズム)が破壊されていくことになります。

そのグローバル投資家やグローバル企業にとって、もっとも居心地の良い経済状態がこそが、デフレ経済です。

とはいえ、デフレ経済は彼らを利する一方で、国民経済を疲弊し国家を発展途上国化させていきます。

国家や国境はビジネス(利益追求)の敵、と考えているグローバリストたちにとっては、デフレによる国家の疲弊そのものが都合の良いことですから。

そのデフレを克服するためには政府による財政出動が必要なのですが、デフレが居心地の良い彼らは、ことさら政府に緊縮財政を求めます。

なぜデフレだと心地良いのかというと、デフレは物価の下落現象なのですが、それ以上のスピードで所得(人件費)が縮小していくからです。

人件費を抑制することで利益を上げた企業は、例えば自社株買いによって株価を押し上げたり、あるいは株主配当を増やしたりすることができます。

またストックオプションといって、株価が上がると経営者の給料も上がる仕組みになっています。(一緒に働いてきた仲間の首をリストラで切った経営者の給料が上がっていくという異常な制度)

因みに、グローバル投資家やグローバル企業らが法人税率の引き下げを求めているのも、そのことで企業の純利益(内部留保や株主配当の原資)を増やすことができるからです。

さて、デフレで困っているのは何も国民だけではありません。

銀行や保険会社等の金融機関、あるいは年金基金など金融資産を運用しなければならない機関もデフレで苦しんでいます。

なぜなら、デフレは資金需要の低迷 (= 長期金利の低下)状態だからです。

7月7日(金)のロイターの記事によれば、日本国民の大切な年金積立金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がマイナス金利で運用面で難を強いられているとのことです。

『GPIF、現金積み上げ過去最大に マイナス金利で「運用難」
http://jp.reuters.com/article/gpif-idJPKBN19S182

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が保有する2016年度末の資産額は144兆9034億円となり、自主運用を始めた01年度以降で最大となった。同時に、国内外の株や債券以外の現金保有も7兆円超に膨らみ、マイナス金利下での厳しい運用環境が浮かぶ。(後略)

そこで、GPIFの年金積立金全体の運用資産構成割合をグラフ化してみました。

 

平成29(2017)年3月末時点で、保有資産の46.4%を既に国内外の株式というリスク資産で運用しています。

最も低リスクで安全な金融資産である日本国債の利回りが低迷していることで、GPIFは株式というリスク資産の運用比率を高めているわけです。

日本国債(10年物)の金利推移は、下のグラフのとおりです。

次に、GPIFの国内株式での運用比率の推移です。

国内株式での運用比率は、この10年間で2倍になりました。

さらに下のグラフは、GPIFの国内債券(日本国債での運用はここに含まれます)による運用比率の推移です。

国内債券での運用比率は、この10年間で2分の1以下です。

このようにデフレの長期化によって長期金利が低迷していることで、多額の金融資産を運用しなければならない機関は株式市場での運用比率を高めていくことになりました。(それはグローバル投資家たちによる要請でもありました)

このことが、ここしばらく株式市場を押し上げてきた要因の一つです。

これまたグローバル投資家やグローバル企業ら、いわゆるグローバリストたちの利益の最大化に役立っているわけです。

株価の上昇が、必ずしも実体経済を反映していない証左でもあります。

むしろデフレという実体経済の低迷が、株価を押し上げているわけですから。

以上のように、日本は今、いや世界は今、投資収益で暮らすグローバリストと、国境や国家に守られつつ所得で暮らしている国民との闘いの場と化しています。

例えば「EU派 vs 反EU派」の軋轢がまさにそれなのです。

忘れてならないのは、もしもGPIFが株式での運用に失敗した際、その代償を払わされるのは、利益を享受してきたグローバル投資家ではないということです。

汗水垂らして働いて所得を稼ぐことで年金を積み立ててきた、私たち日本国民なのです。