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議会報告 政治・経済

続 「占領政策基本法」記念日!?2017/05/04    

昨日(5月3日)のエントリーの続きです。

よく巷には「日本は戦争に負けて無条件降伏したのだから、どんな憲法を押し付けられても文句は言えない」と主張する東京裁判史観派がいます。

そこでまず、事実関係を確認したいと思います。

昭和20年9月2日、東京湾岸に停泊する米国戦艦ミズーリの甲板において、我が国はポツダム宣言を受けた『降伏文書』に調印しました。

その降伏文書の第2条には、「日本国軍隊の無条件降伏」が謳われています。

即ち、あくまでも「日本国軍隊は無条件に降伏せよ」であって、日本国政府及び日本国民の無条件降伏を言っているのではありません。

というか、ポツダム宣言という「条件」及び「制約」に基づいて降伏しているのですから、もともと『有条件降伏』なのです。

なお降伏文書の第5条には、「最高司令官の宣言・命令に服する」と書いてありますが、それは最高司令官(マッカーサー)がポツダム宣言から授権された合法の命令に従うということです。

よって、マッカーサーの持っておらぬ権限で発布されたものに日本国政府及び日本国民が従う義務などありません。

当然ですよね。

そもそも占領下にある国に対して恒久法を制定すること自体が国際法(ハーグ陸戦条約43条)違反です。

ポツダム宣言に「主権を存しない占領下の日本国において、占領当局が恒久法を制定することを認める」などという条項がありましたっけ?

さて、そのうえで以下申し上げます。

上述のとおり、ポツダム宣言に基づいて、我が国はGHQによる占領政策を受け入れることになりました。

そうすると、占領政策と我が国の帝国憲法体制(明治憲法体制)との間に矛盾が生じることになります。

そこで、その矛盾を解消するために『ポツダム緊急勅令』(昭和20年勅令第542号)が渙発されました。

これは、GHQの占領政策を容認するために、帝国憲法第8条に基づいて、昭和20年9月20日に公布施行され、同年11月27日に、第89回帝国議会で承諾議決されたものです。

即ち、緊急勅令によって帝国憲法を一旦停止し、占領政策を受け入れることの合憲的処理がなされたのです。

そして、昭和27年4月28日には、サンフランシスコ講和条約が発効して、我が国は独立を回復するとともに、GHQ、対日理事会、極東委員会が廃止され、極東委員会による我が国民の「自由意思の再検討」が実施されないまま本土だけで独立するに至りました。

重要な点は、同日(昭和27年4月28日)、『ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律』(昭和27年法律第81号)が施行され、『ポツダム緊急勅令』が廃止されたことです。

なぜ、それが重要であるのかといえば…

もし帝国憲法が、占領憲法(現行憲法)に憲法として改正され消滅してしまった、というのであれば、遅くとも占領憲法が施行された時(昭和22年5月3日)、帝国憲法と一緒に『ポツダム緊急勅令』も失効していなければ矛盾することになるからです。

なにせ『ポツダム緊急勅令』は帝国憲法第8条に基づいて公布施行されているのですから。

独立回復時(昭和27年4月28日)に『ポツダム緊急勅令』が廃止されたということは、その存在根拠となっている帝国憲法もまた存在していたことになります。

さらに重要なのは、そもそも『ポツダム緊急勅令』によって帝国憲法は停止されていたのですから、占領憲法を憲法として制定するためには、その改正条項(帝国憲法第73条)を停止状態から除外するための新たなポツダム緊急勅令の措置がなされない限り、帝国憲法の改正手続に着手することは不可能だったはずです。

このことは、占領憲法に正当性がないことの証です。

即ち我が国は、交戦権(講和権)を認めていない占領憲法によって独立を回復したのではなく、『ポツダム緊急勅令』によって停止されていただけで現存していた帝国憲法に基づいてサンフランシスコ講和条約に調印し独立を回復したものと考えるべきではないでしょうか。

よって私は、現行憲法に基づく憲法改正には反対です。

仮に現行憲法の条文を一字一句変えずとも、一旦は現行憲法を無効とし、あくまでも帝国憲法の規定に基づいて改正の手続きをとるべきだと考えます。