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議会報告 政治・経済

世界最高のソフトウエアを捨てた日本2016/12/29    

ハインリッヒ・シュリーマンは、トロイ遺跡を発掘したことで有名です。

彼はその発掘に先立つ6年前に日本を訪れています。

その滞在期間はわずか1ヵ月という短いものでありましたが、江戸を中心とした当時の日本の様子を、なんの偏見もなしに観察して見聞記を遺しています。

シュリーマンは北京から上海、上海から横浜へとむろん船で渡ってきました。

横浜に到着した日が日曜日だったがために、どうせ税関は開いていないだろう、と彼は足止めを覚悟したらしいのですが、当時の日本に安息日など関係ありませんでした。

税関が開かれていることにホッとしたシュリーマンに、二人の官吏が近づいてきます。

近づいてくる官吏は、ことのほかにこやかに、「おはよう」と声をかけながら地面に届くほどに頭を下げて30秒近くもその姿勢を続けました。

きっとシュリーマンは、「北京や上海でみてきた官吏たちとちょっと違うぞ!」と思ったにちがいない。

にこやかで礼儀正しい官吏が中身をあらためるので荷物を開けるように指示します。

シュリーマンは、北京や上海でもそうしたように、一分(2.5フラン)を官吏に賄って速やかに税関を通してもらおうとしました。

「どうせこいつら、カネさえ払えば目こぼしすんだろう」と、よほどに北京や上海で学習してきたのでしょう。

ところが、そのにこやかな官吏は、自分の胸をたたきながら「日本男児」と言っておカネを突き返してきました。

心づけにつられて義務を怠ることは日本男児の尊厳にもとる、と官吏は言うのです。

官吏を怒らせてしまったシュリーマンは後悔します。

きっと、荷物に難癖をつけるなどして意地悪をされ、不要な足止めをされることになるのかと覚悟をきめたことでしょう。

しかしその官吏は、言いがかりをつけるどころか、なんら因縁もつけず、速やかに税関を通してくれました。

シュリーマンはその見聞記で、「たいへん好意的で親切な応対だった」と述べています。

それどころか、検査を終えたシュリーマンに対し、官吏たちは再び深々とお辞儀をしながら「さよなら」と言ったとのこと。

シュリーマンにしてみれば「同じ東アジアの官吏なのに、どうしてこんなにも違うのか?」と、不思議に思ったことでしょう。

その答えは明白です。

シュリーマンがみた日本の官吏は、武士だったからです。

といって、刀を差し、マゲを結ってさえいれば「武士」(サムライ)ということではありません。

彼らは「武士道」というソフトウエアを身につけた正真正銘の武士だったのです。

武士道とは、日本人がつくりあげた最高の精神論(理性・ソフトウエア)のことで、武士の子に生まれたからといって武士道が身につくわけではありません。

武士というハードウエアに、武士道というソフトウエアを身につけさせるために行われた教育が、六芸です。

六芸とは「書・数・御・射・礼・楽」の六つの教科のことです。

現代風にいうと「知育・体育・徳育」です。

ただし・・・

ここでいう「知育」とは、偏差値秀才をつくることではありません。

ここでいう「体育」とは、スポーツではありません。

ここでいう「徳育」とは、読書やテレビ鑑賞で学習するものではありません。

昨日のブログでも書きましたが、幕末から明治の初期にかけて日本に訪れた外国人たちが日本をべた褒めしたのは、当時の日本のエリート層たちが皆「六芸」教育を受けた人たちだったからです。

であるからこそ、日清戦争にも勝ち、日露戦争にも勝ち、ついには開国後わずか50年足らずで近代国家として独立を勝ちえたのです。

しかし日露戦争以後あたりから、「六芸」教育を受けていないエリートたちが日本の指導者になっていきました。

以後、昭和の敗戦、戦後の属国化日本につながっていきます。

現在に至るもなお、「六芸」教育は日本に存在していません。

未だ我が国は、世界最高のソフトウエアを捨てたままなのです。