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議会報告 政治・経済

べた褒めされていたころの日本2016/12/28    

大森貝塚を発見したエドワード・モースは、「私はすべての持ち物を、ささやかなお金を含めて、鍵を掛けずに置いておいたが、一度たりともなくなったことはなかった」と、日本の治安の良さに驚いています。

当時、日本のほとんどの旅館がそうであったように、モースの宿泊した旅館の部屋もまた、ただ襖で仕切られているにすぎず、鍵や閂などが掛けられていたわけでもありませんでした。

貴重品を置いて出かけようとしたモースは、宿の主人を呼んで「施錠がないなんて、とんでもないことだ」と文句を言ったようですが、旅館の主人は平然と「ここに置いておけば安全です」と答えました。

その旅館には、モースの他にも客は何人もいるわけですし、女中たちも終始出入りします。

外出しようとするモースが不安になるのも当然です。

しかしモースは、ここで思い切って日本社会の実験をしてみよう、と思ったようで、そのまま遠出したそうです。

一週間後、旅館に戻ったモースは部屋の襖を開けて心から驚き感じ入ったそうです。

モースは次のように記しています。

「帰ってみると、時計はいうにおよばず、小銭の1セントに至るまで、私がそれらを残していった時と全く同様に、ふたのない盆の上に載っていた」と。

モースによれば、当時の欧米のホテルでは盗難防止のために、水飲み場のひしゃくには鎖が付いていて、寒暖計は壁にネジで留められているのが常だったそうです。

モースはこの日記の文章に続けて「日本人は生得正直である」と書き留めています。

幕末以降、日本に訪れた外国人といえば、旅行家でもあり紀行作家でもあったイザベラ・バードというイギリス人女性もいます。

彼女は、1878(明治11)年に来日して、東北や北海道を一人で旅行しました。

当時から日本では、女性が一人で旅行できるほどの安定した治安が確立されていました。

そのイザベラ・バードが、日本での旅行を次のようにふりかえっています。

「ヨーロッパの国の多くや、所によっては我が国でも、女性が外国の衣装で一人旅をすれば現実の危険はないにしても、無礼や侮辱にあったり、カネをぼられたりするものだが、私は一度たりとも無礼なめに遭わなかったし、法外な料金をふっかけられたこともない」

あるいは幕末、我が国に開国を迫ったあのタウンゼント・ハリスをして「このような立派な国を本当に開国させていいのだろうか」と言わしめたほどの国だったのです、我が国は・・・

因みに、織田信長が生きていたころ、キリスト教の布教を目的に来日したフランシスコ・ザビエルもイザベラ・バードと同じようなことを述べています。

我が国にも、かつてはこんな時代があったのですね。

とにかく、幕末から明治初期にかけて我が国を訪れた外国人たちは、殊更に日本国をべた褒めしています。

翻って現在の日本国をそこまでべた褒めする外国人などいないでしょう。

せいぜい、「食べ物がおいしい」とか、「家電製品が壊れない」とかいう程度でしょう。

もしイザベラ・バードが現在の日本を訪れたら、おそらく「ガッカリする」に違いないと思います。

ではいったい、べた褒めされていたころの日本と、現在の日本との違いは何にあるのでしょうか。

明日に続きます・・・