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議会報告 政治・経済

安倍総理の真珠湾訪問2016/12/06    

安倍総理は、今月26日と27日にハワイを訪れ、オバマ米国大統領と会談するそうです。

『安倍首相 今月下旬にハワイへ 真珠湾攻撃の犠牲者慰霊
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161205/k10010796011000.html

安倍総理大臣は、5日夜、総理大臣官邸で記者団に対し、今月26日と27日にハワイを訪れ、太平洋戦争の発端となった75年前の旧日本軍による真珠湾攻撃の犠牲者をアメリカのオバマ大統領とともに慰霊することを明らかにしました。現職の総理大臣が真珠湾を訪れて犠牲者を慰霊するのは初めてです。(後略)』

まことにNHKらしい報道ですが、とりあえず、上の記事に突っ込みを入れておきます。

太平洋戦争ではなく大東亜戦争です

もしくは、日米開戦と言え。

それにあの大戦の発端真珠湾攻撃ではない。

先の大戦の原因を、昭和天皇が明確にお語りになっています。

陛下はかの大戦の近因を「石油封鎖にあり」とされ、遠因を「人種問題にあり」と仰せです。(文芸春秋社『昭和天皇独白録』)

大正13(1924)年に米国が制定した『絶対的排日移民法』にみられるように、彼の国は有色人種国の日本が米国よりも先にシナ大陸で権益を得ていたことに嫉妬していました。

人種差別からくる日本人敵視政策によって米国から日本人を締め出し、更には日英同盟を破棄させることで日本の防壁を壊し、日本を包囲するようにフィリピンを含め太平洋の島々に軍事施設を設け我が国を軍事的に威嚇しました。

また、英米は日本に対する石油禁輸措置をとり、オランダやシナをそそのかし、いわゆるABCD包囲陣までも形成しました。

ABCD包囲陣では、各国にある日本資産が凍結されたり、鋼鉄禁輸措置がとられたりしましたが、何といっても我が国にとって痛手だったのは石油を止められたことです。

昭和天皇が仰せの近因「石油」、遠因「人種差別」とはそのことです。

マッカーサーは昭和26(1951)年の米国上院軍事外交合同委員会で「Their purpose, therefore,in  going to war was largely dictated by security」日本が戦争に突き進んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだった)と語っています。

このマッカーサーのフレーズの前段に、次のようなフレーズがあります。

「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もない。彼らは綿も羊毛も石油も、錫もゴムも、そのほか、実に多くの天然資源の原料が欠如している。そして、それらすべて一切がアジアの海域に存在していた。もし、これらの原料の供給が断たれたなら、日本国内で1000万人から1200万人の失業者が出ていたであろう。日本人は、これを恐れていた。したがって・・・Their purpose, therefore,in  going to war was largely dictated by security

ときおり「そうした天然資源を必要としなければならないような国になったのがいけない・・・」とか、頓珍漢なことを言う反日左翼派がいます。

馬鹿か。

近代国家運営のための天然資源を必要とせず、鎖国によってうまくやっていた日本を無理やりに開国させたのは誰か。

近代国家を維持できなければ植民地化されるという帝国主義世界に引きずり込んだのは誰か。

白人列強たちではないか。

なのに、英米はブロック経済で日本を締め上げました。

極めつけは、昭和16(1941)年11月26日に米国が日本政府に突きつけた、いわゆる「ハルノート」です。

ハルノートの内容をまとめると次の三つ。

①シナ大陸や仏印からの即時無条件撤退、②日独伊三国同盟の死文化(一方的に破棄すること)、③重慶にある国民政府以外のシナ政府の否認(当時のシナ大陸は、複数の軍閥・政府が乱立する内乱状態でした)

要するに、日本が海外に有するすべての権益を捨てて日清戦争以前(江戸時代)に戻りなさい、という米国による最後通牒です。

今や国際政治学の世界でも、ハルノートは日本に対する米国の宣戦布告書だった、と評価されているようです。

このように真綿で首を絞めつけられるように追い込まれ、ぎりぎりの段階まで対米交渉によって戦争を回避しようとしたものの、ハルノートという宣戦布告書を突きつけられ、ついに苦し紛れに放ったカウンターパンチこそが「真珠湾攻撃」だったのです。

ワシントンの日本大使館員たちのマヌケな対応で通告が遅れてしまい、不覚にも「奇襲」の汚名が着せられてしまったものの、真珠湾攻撃で日本軍が攻撃したのは戦艦や飛行場などの軍事施設のみ。

国際法に則って、ハワイの一般市民は攻撃対象外。

即ち、戦闘行為です。

一方、広島や長崎への原爆投下も、東京大空襲をはじめとする日本各地で行われた空襲も、ことごとく無垢の民間人の大量殺戮です。

同じ犠牲者でも真珠湾攻撃による犠牲者と、米国による原爆や空襲のそれとはまったく違うのです。

そもそも我が国では、死を覚悟して戦場に赴いた軍人の死を「犠牲」とは言いません。

「殉難」と言います。

更には、国の安寧を願い果敢に行動して殉難した人たちを「英霊」と呼んでいます。

NHKによると、米国では戦死者をすべて「犠牲者」と呼ぶんですね。

それに、ハワイはもともと米国のものではないだろうに。

明治26(1893)年、ハワイで米国人農場主らが米海兵隊の協力を得てクーデターを起こし、ハワイ王朝を倒して臨時政府を強引に樹立しました。

そのやり口はメキシコ人からテキサス州を掠め取ったやり方にそっくり。

その臨時政府が米国にハワイの併合を求め、それに米国大統領が応じて米国によるハワイ併合が完了する予定でした。

ところがその時・・・

我が国はハワイの独立を守るために、在留邦人保護を名目に巡洋艦「浪速」と戦艦「金剛」の2隻をハワイに急ぎ派遣し、ホノルル港に停泊中の米艦ボストンの両側を挟んで真横に投錨してクーデター勢力を威嚇しました。

その際、指揮をとったのが東郷平八郎元帥です。

結果、クリーブランド米国大統領はハワイ併合を見送らざるを得なくなりました。

要するに、日本のせいで米国によるハワイ併合が半年くらい遅れたのです。

米国にしてみれば「有色人種国の日本ごときが生意気な・・・」ということになって、米国の排日政策がここからはじまったのです。

以上、これらのことを踏まえると、安倍総理がハワイを訪れて米国大統領と会談する意味がよくわかりません。

例のごとくまた、いらぬ反省の弁でも述べてくるつもりか・・・